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EY新日本有限責任監査法人(東京都千代田区)

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EY新日本有限責任監査法人
(東京都千代田区)

左から西山さん、征矢さん 右が今野さん EY新日本有限責任監査法人は2000年(平成12年)設立。監査および保証業務を中心に、アドバイザリーサービスなどを提供している。
EY新日本有限責任監査法人のメンバー数は5,317名(2021年12月31日現在)。うち公認会計士が2,987名、公認会計士試験合格者等が1,036名である。
今回は、人事部健康サポートセンターで産業医をしている征矢敦至さん、労務・安全衛生課長の西山浩世さん、今野加奈子さんからお話を伺った。

データで可視化した健康・安全リスクや今後あるべき姿の提案が経営層の持っている問題意識に合致することで経営層からの理解が得られ、実際の取組みにつながる

まず、メンタルヘルス対策が法人内に浸透してきた流れやそのために取組んできたことについて、お話を伺った。

「私(征矢さん)が当法人に関わり始めた2008年頃は、企業における健康管理の概念についてまだ理解が十分に進んでいない状態でした。そのため、まずは労働安全衛生法の理解や、法律上取り組む必要のあることを説明して、取組みを進めてきました。それがある程度整ってきて、次の段階に進めるようになりました。」

「当法人は監査法人ですので、担当している顧客先(会社)が会計年次を終えた時などはどうしても忙しく、長時間労働が発生してしまいます。また、法人内にはメンタルヘルス不調をきたす方もおります。そのため、以前から長時間労働の状況分析は行っていましたし、ストレスチェックも法律で義務化される前から実施していましたが、効果につながっているとまではいえない状況でした。ストレスチェックの回答率は94%超と高かったこともあり、せっかく多くのメンバーが貴重な時間を使って回答してくれているのだから、さらに効果のあるものにしていきたいと考えていました。そして、2019年頃から本格的に取り組み始めました。」

「中心となっているのは、健康サポートセンターです。産業医、保健師に加えて、労務・安全衛生担当者のチームで動いています。上下関係なく、フラットに意見を言い合うことができる心理的安全性の高いチームになっているので、いつも様々なアイディアが出てきます。ただ、健康サポートセンターだけで動いてもうまくいきませんので、人事部門のトップやその上の経営層、並びにライン責任者等とコミュニケーションをとりながら形にしていくということを意識しています。」

「そのために、まず、“産業医コミッティ”という会議体を作りました。当法人を含むEY Japanグループの事業場は日本全国にありますが、すべての事業所の健康データを集めて、EY Japan全体の産業医に集まってもらってディスカッションをして、EY Japanとしてどのような施策につなげていくか、優先順位をどうするか、といったことを検討する場としました。健康データとしては、メンタルヘルス事由での休業者の割合や、長時間労働の状況、ストレスチェック結果、健康診断結果などの経年データを活用しています。」

「産業医コミッティとしての提案をまとめたら、もう一つ上の会議体である“労働安全衛生(OHS)コミッティ”に報告しています。労働安全衛生(OHS)コミッティは経営幹部にも参加してもらっており、産業医コミッティからの提案内容を経営幹部と一緒に検討して、合意がとれたら経営会議に話があがる、という流れになっています。もともと経営層も健康関連データには価値を感じていて、こうしたファクト(事実)をベースに施策へ反映していくということについては理解がありましたので、新たな会議体を設けるということについても歓迎してくれました。産業医コミッティと労働安全衛生(OHS)コミッティは半年に1回行っています。」

「経営層は経営層でメンバーの健康と安全、ウェルビーイング等、非常に高い意識をもっています。私たちがデータで可視化した健康・安全リスクと今後あるべき姿の提案が経営層の問題意識と合致した時に、一体となった取り組みにつながっていきます。私たちの強みは、多面的にメンバーの状態について定時的に分析を重ねグラフに示せるようなデータがあるということと、日々、メンバーの面談をしていることです。データだけでなく、メンバーの生の声も必ず併せて伝えるようにしていて、それも経営層に響く要因になっているのではないかと思います。その積み重ねによって経営層の理解を得ることができ、実際の取組みにつながっていると考えています。」

ストレスチェックの集団分析結果を踏まえて、ヒアリングを実施してニーズを把握し、コミュニケーション研修へと展開し、職場環境の改善という結果につなげている

次に、ストレスチェックの集団分析結果を踏まえた職場環境改善の取組みについて、お話を伺った。

「ストレスチェックの結果は、全国平均と比べれば良い方ですが、細かくみていくと結果の悪い部署もあります。高ストレス者も一定数います。それらに対してどのようにアプローチしていくかということを考えながら、ストレスチェックの分析と職場環境改善の取組みを行っています。」

「まず、ストレスチェックの組織分析結果について、“量・コントロール”を縦軸、“職場の支援”を横軸にして、各部署をマッピングしています。そして、法人全体の平均値を基準に四象限に分割し、各象限に“高負担感+低信頼感群”、“高負担感群”、“低信頼感群”、“快適職場群”と名前を付けました(【図1】参照)。こうすることにより、各部署がどこに該当するのかがわかりやすくなり、具体的にどのようなところを改善していけばいいのかといったことがイメージしやすくなりました。この可視化は、経営層からも非常にわかりやすいし実感ともマッチしているとの評価を受けることとなりました。」


【図1】ストレスチェック職場別ポジショニングマップ

「こうしたストレスチェックの結果と、メンタルヘルス不調で休んでいるメンバーのデータを併せて、各部署の人事担当責任者と話し合う場を設けました。大きい部署では500人規模になりますので、その下のグループごとの結果や、職務階級別の結果などを一緒にみながら、どこにどのようなリスクがあるのかを確認し、現場の問題意識とどのようにつながっているかなどを話し合いました。こうしたやりとりを積み重ねていったところ、“コミュニケーションがとても大事”だということがわかってきました。公認会計士の仕事において、忙しい時期があるということは皆ある程度織り込み済みで働いていますので、忙しいだけでストレスが極端に高くなることは少ないのですが、忙しい中でもお互いをねぎらう気持ちや、サポートし合うようなコミュニケーションがもっと必要だという意見が多く聞かれました。では、『コミュニケーションがうまくいっているところはどのようなコミュニケーションの取り方をしているのか』ということを知るために、ストレスチェック結果の良かった部署の管理職にヒアリングを行いました。」

「良い部署の特徴としては、『声掛けの頻度が多い』、『一人の人間としてちゃんと尊重している』といったことがありました。忙しいとどうしても一人の人間としてよりも、歯車のように仕事をしてもらうという形になりがちですが、良い部署は忙しい中でも一人の人間としてしっかり尊重するという意識がみられました。また、経験が少なかったり若かったりしても、良いアイディアを出せば聞く耳をもってくれたり、実際にそのアイディアをチームで採用して体制を作ったりということもありました。いわゆる“心理的安全性”が高いところが多いという印象でした。」

「こうした結果を踏まえて、メンバーに対してコミュニケーションの取り方を具体的に伝えていこうと考えました。経営層には、こうしたプロセスの要所要所で報告をして、このような意見が出てきているとか、コミュニケーションが重要になりそうだ、といったことを伝えていましたので、それなら研修という形にして管理職以上全員に受講してもらうことにしようと経営層の方から言ってもらうことができ、実際に研修の展開へとつながりました。」

「コミュニケーション研修は、理論に基づいた内容をベースにしつつ、日頃の面談で私たちが聞いている内容やヒアリングで把握した内容を盛り込んで、皆がすっと理解できる内容となるよう意識して作りました。たとえば、職場でよくある例をあげて、上司はいつでも相談してほしいと思っているものの部下からはなかなか聞けないということを理解してもらったり、職場の雰囲気は管理職で決まるということを説明して、では管理職が信頼されるために何を行ったらいいのか、ということを伝えたり。心理的安全性や、対話、上司が自己開示していくことの重要性を伝えたりもしています。当法人の仕事はクライアントとのコミュニケーションも重要ですから、そうしたことも意識して行っていくことが重要だということも併せて伝えています。(【図2】参照)」


【図2】ヒアリング結果をふまえ作成した管理職向けコミュニケーション研修

「こうした研修では、健康サポートセンターについても必ず説明するようにしています。健康サポートセンターは、病気になったらいくところ、休職になったら相談するところ、といったイメージを持たれていたので、今はそんなに問題があるわけではないけどちょっと相談したい、という段階から相談してもらえるということなど、予防、問題整理、適応支援、就業配慮、治療連携、再発防止まで幅広くいろいろな対応ができるということを伝えています。最近は、健康サポートセンターの認知度もあがってきて、早期につながるケースが増えてきました。問題がなかったらなかったでいいですし、その場合でも、もし今後こうなった時には心配だからまた相談にきてくださいね、と伝えておくと、実際にそうなった時に早めに相談にきてくれるので、速やかに介入できます。そうしたことが浸透してきていると感じています。」

「このような取組みを通じて、職場環境も改善してきています。2019年に総合健康リスクが120以上であった21の部署のうち、17部署でリスクが低減しました。」

「旧来型の産業保健の枠組みに収まっていては、必要な手当てができなくなっていると感じています。ですので、そこにこだわるのではなく、組織づくりにまで関わっていくようにしています。2021年からはメンバーのウェルビーイングを意識して取り組んでいます。経営層に対してもウェルビーイングについて啓発活動を続けたところ、今では経営の根幹部分にウェルビーイングを据えて行っていく方針を明確に打ち出すようになっています。それに伴って、私たち産業保健スタッフが果たすべき役割も大きくなってきていると思いますので、今後も枠組みにとらわれることなく活動していきたいと考えています。」

コロナ禍で生まれたメンバーの新しい悩みに対して、動画という新しい伝え方で対応するなど、時代の要請を敏感にキャッチして臨機応変に対応している

最後に、コロナ禍におけるメンタルヘルス対策の取組みについて、お話を伺った。

「コミュニケーションに対する取り組みを進めてきましたが、コロナ禍となり、コミュニケーションの取り方が変わりました。当法人は“EYフレリモ(EY Flex&Remote)”という働き方を進めていて、メンバーのリモートワークも含めて推進していますので、その時にどうやってコミュニケーションをとるのか、ということも考えながら取り組んでいます。」

「具体的には、ストレスチェックや面談から把握したメンバーの新しい悩みに対して、動画を作成し、法人内イントラネットの動画サイトにアップしてメンバーが自由に見られるようにしました(【図3】参照)。たとえば、リモートワークでの声のかけ方などコミュニケーション関連の動画や、リモートワークとなってオンオフの切りかえが難しい、集中しづらいといった声を受けて集中法についての動画を、理論と実践で1本ずつ作成するなど様々なテーマで作成しています。動画の長さは7、8分~20分弱で、昼休みに見てもらえることを狙って作っています。時には、部署のトップの人にゲストとして登場してもらったりもしています。自分の知っている人が出ていると見てみようという気になる人もいると思うので、そういう効果を期待して、インフルエンサーになってくれる人にお願いしています。動画の方が発信力は高いですし、ニュアンスも伝わるので、評判はとても良いです。」


【図3】動画チャンネルの例

「こうした手法に私たちも慣れているわけではないので、試行錯誤しながらやっています。ですが、メンバーの意見を反映したものを形にしているという感覚を持つことができているので、やりがいは非常にあります。まだまだ課題があるとは思っていますが、届けていくことが大事だと思っていますので、今までのやり方だけにこだわらず、時代の要請に合わせて柔軟に変えていきたいと考えています。」

「健康サポートセンターの面談も、コロナ禍になって以降は原則オンラインで実施しています。オンラインになったことによって、産業医が選任されていない事業所とも以前より早くつながることができるようになり、早期介入できるようになりました。どの地域でも同水準のサポートが届くのに近づいていると感じています。」

【ポイント】

  • ①データで可視化した健康・安全リスクや今後あるべき姿の提案が経営層の持っている問題意識に合致することで経営層からの理解が得られ、実際の取組みにつながる
  • ②ストレスチェックの集団分析結果を踏まえて、ヒアリングを実施してニーズを把握し、コミュニケーション研修へと展開し、職場環境の改善という結果につなげている
  • ③コロナ禍で生まれたメンバーの新しい悩みに対して、動画という新しい伝え方で対応するなど、時代の要請を敏感にキャッチして臨機応変に対応している

【取材協力】EY新日本有限責任監査法人
(2022年3月掲載)